東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3024号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕本件土地はもと農地で原告の所有に属していたが、昭和二二年二月二日自創法第三条に基き国に買収され、同日同法第一六条により国から被告に売渡された。被告は昭和三六年一月ころ本件土地を畑から宅地に転用すること、又は転用するためその所有権を移転することについて東京都知事より農地法第四条又は第五条の許可を得ることを停止条件として代金坪当り七、五〇〇円で訴外星野外二名に譲渡する旨の契約を結び、東京都知事より右許可を得て本件各土地所有権を移転し、昭和三六年一月二〇日には宅地への地目変更登記がなされ、代金合計一九五万円の授受を終えた。
ところで自創法による農地の買収及び売渡しは買収農地が農地としての適格性を失うことを解除条件とするものであるから原告は本件農地の前記転用転売につき都知事の許可があつたことによりその所有権を回復したものである。かりにそうでないとしても原告は本件土地にたいし優先買受権もしくはその期待権を有するものであり、被告の前記転用売却処分により原告はこれらの権利を失い損失をうけ、被告はこれにより不当利得をしたものであるから売却代金から被告が国に支払つた買受代金をさし引いた残額金一九四万九六二九円の支払を求める。(争点一)解放農地の売渡をうけた旧小作人がこれを宅地に転用し転売する場合において、その全利得を私することは到底条理の許さないところであり、又被買収者たる旧地主としては解放農地が農地として使用されている間は自作農創設の国策に殉ずるため、これを忍ぶべしとするも転用転売を無視することはできない。そのため解放農地の宅地への転用、転売については自然発生的に旧地主の同意をえなければならないとの通念を生じ、殆んどの農業委員会においては旧地主の同意ある申請にかぎりこれを許可しているのであつて、この場合旧地主は相当額のハンコ料(同意の対価を得て同意をなすのである。現在では旧地主の同意なき限り転用転売が許可すべからざるものであることは法的確信の程度に達しているのであつて(盛岡地裁昭和三二年三月一九日判決、行政例集八巻三号四二三頁)旧地主の同意のない宅地としての転売は慣習法或は事実たる慣習によつて無効である。原告は被告の本件土地転用転売に対する同意を与えるから被告は前記代金の少くとも八割を同意の対価として支払うべきものである。(争点二)
判決は右各争点につき、いずれも原告の主張を排斥し、つぎのとおり説明している。
〔判決理由〕一、原告は、自創法の立法目的ないし精神から考えて、自創法による農地の買収及び売渡しは、買収農地が農地としての適格性を失うことを解除条件とするものであるか、あるいは農地として使用耕作させることを目的とする信託譲渡であるから、売渡しを受けた者が耕作意思を放棄し、当該土地が農地としての適格性を喪失したときは、右土地の所有権は右解除条件の成就あるいは信託目的の消滅により被買収者たる旧所有者に復帰すると主張し、その法律上の根拠として憲法第二九条第三項をあげている。
しかしながら、憲法第二九条第三項は、私有財産は公共のために収用することができることと、そのためには被収用者に対し正当な補償を支払うべきことを定めたにとどまり、それ以上に、原告主張のように、収用目的が喪失した場合に被収用財用の所有権が当然に被収用者に復帰することを定めているものとは解しがたい。したがつて、収用目的が喪失した場合に被収用財産の所有権を被収用者に回復せしめる方途を講ずべきか否かはもつぱら立法政策の問題である。
しかるに、自創法及び農地法の規定を検討しても、原告主張のような場合に被買収者が当然に所有権を回復する旨を定めた規定はどこにもない。かえつて、農地法第四条、第五条は自創法によつて売り渡された農地についても、これを農地以外のものに転用し、あるいは転用のため所有権を移転することを格別禁止していないこと、自創法第一二条、第二一条、農地法第一三条、第四〇条等が買収及び売渡しの効果としての所有権の移転になんらの留保も付していないこと等を考え合わせると、自創法又は農地法による買収によつて、買収農地の所有権は無条件かつ完全に国に移転し、またその売渡しによつて無条件かつ完全に被売渡人に移転し、右各所有権の移転には原告主張のような解除条件も信託目的による制限も付されていないものと解するのが相当である。したがつて、原告の右主張は理由がない。
二、次に、原告は、自創法第二八条、農地法第一五条、第八〇条等により原告に本件土地の優先買受権ないしその期待権があることを前提として、被告が本件土地の売買代金を取得したことを不当利得であると主張する。
そこで、まず原告がかかる優先買受権ないしその期待権を有するかどうかについて判断するに、前項で述べたように、収用目的の喪失後収用財産の所有権を被収用者に回復する方途を講ずべきか否かはもつぱら立法政策の問題なのであるから、農地の買収及び売渡処分後売渡しを受けた者が耕作の意思を放棄し、農地がその適格性を失い又は自作農創設等の目的に利用されない状態が生じたような場合に、被買収者たる旧所有者が当該農地の優先買受権ないしその期待権を有するためには、法令上の根拠を必要とするものというべきところ、原告の援用する諸規定その他自創法農地法等の各規定を検討してみても、かかる優先買受権ないしその期待権を認めた規定はない。すなわち、農地法第八〇条は、買収処分後いまだ売渡処分をしていない農地等について、農林大臣がこれを自作農創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは、被買収者又はその一般承継人にこれを売り払うべきことを規定しているにとどまり、買収農地が耕作者等に売り渡されてしまつた後に、さらに、それが第三者に転用の目的で転売された場合にまで、被買収者たる旧所有者に当該土地の売払請求権を与えた規定ではない。また、自創法第二八条及び農地法第一五条は、買収農地の売渡しを受けた者が当該農地についての自作をやめ、あるいはその者及びその世帯員以外の者がその農地等を耕作等に供したときに、国がこれを買い取り又は買収することとしているにすぎない。そして農地法第四条、第五条は創設農地についても転用転売を禁止していないのであるから、いわゆる創設農地といえども、都道府県知事又は農林大臣等の許可を受ければ、適法有効に転用のため転売しうるものというべきであり、また、仮に創設農地が転用転売された場合において国が農地法第一五条により右土地を再買収することができるとしても、本件土地が未だ再買収されていない以上、原告は右土地の売払いを受けることができないものというべきである。したがつて、土地収用法第一〇六条の類推適用のごときも考えられないことであつて、原告が本件土地の優先買受権ないしその期待権を有しないことは明らかである。原告は、右の点についてさらに、信義誠実の原則に照らしても、自創法により買収農地の売渡しを受けた者が耕作をやめ、当該農地が農地としての適格性を喪失した場合には、農地法第一五条、第一六条、第八〇条等の規定を類推解釈して、国は右土地を買い戻した上これを被買収者に返還すべきであると主張するが、信義誠実の原則が私法の分野ばかりでなく、公法殊に行政法の分野においてもその適用があることは原告主張のとおりであるとしても、前述のように、農地法第四条、第五条はいわゆる創設農地についても都道府県知事又は農林大臣の許可を条件として転用転売を認めており、また同法第一五条、第八〇条の規定の趣旨が前記のとおりであり、同法第一六条も単に農地等の所有者からの申出による買収を定めたものにすぎない以上、これらの規定を類推しても、原告主張のように、国が本件土地を被告から買い戻して原告に返還すべきものであるとは解しがたい。
よつて、原告が本件土地につき優先買受権ないしその期待権を有しないことは明らかであるから、かかる権利の存することを前提とする原告の右主張は、その前提を欠くものとして失当である。
三、さらに、原告は、被告の本件土地の売買代金の取得が不当利得となる理由として、(イ)本件土地が宅地に転用するため転売されたことによつて、買収処分当時予期された出捐の原因ないし目的は不到達に終つたかあるいは消減したので、右土地の交換価値中少なくとも農地としての価値をこえる部分については公平の理念からみてそれが原告から被告に移転することを正当視すべき実質的、相対的な理由がないこと、又は(ロ)自創法による農地の買収処分は農地としての利用権を旧地主から奪つたものであり、宅地としての利用権を奪つたものではないから、買収農地が宅地となつた場合には、旧地主は宅地の顕在利用権者となり現地主は潜在利用権者として眠れる権利者となり、あるいは現地主と旧地主の共有関係となることを主張する。
なるほど、本件土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共目的達成のために買収されたものであり、その買収の対価として原告に交付された金額が農地としての価格を基準として算定されたことは原告主張のとおりであるが、これは本件土地が当時農地であり農地として買収されたものである以上当然のことであり、また本件土地の所有権が買収処分により原告から国へ、そして売渡処分によつて国から被告にそれぞれ無条件かつ完全に移転するものであることは前述のとおりであるから、買収対価が農地としての価格を基礎として算定されたものであるからといつて、買収処分は農地としての価値ないし利用権を原告から奪つたにすぎず、買収処分後も原告は本件土地の交換価値中農地としての価値をこえる部分ないし宅地としての利用権を保有するものと解することはできない。買収農地の売渡しを受けた者が当該農地を宅地に転用するため転売し、高額の代金を取得するということは、被買収者たる旧地主の立場からいえば納得しがたいものがあるのであろうが、かかる事態は、主として買収後の経済的、社会的事情の変化に伴つて生じたものであつて、買収処分当時予想しなかつたところというべきであり、被売渡人が転売によつて利得することがあつたとしても、それが旧地主の損失に基づくものということはできない。
よつて、原告の右主張も独自の見解として採用しがたい。」
「本件土地の所在する小平市及びその周辺の東京都北多摩郡田無町、小金井市、三鷹市、武蔵野市等において、昭和三三、四年ころからいわゆる創設農地の宅地化が急速に進行しはじめ、創設農地が高額の代金で転売されるようになり、そのため、これらの土地の旧所有者の間に不満が生じ転用転売に対し異議を述べることもあつたので、創設農地を転用転売しようとする者の中には、かかる紛争を避けるために、事前又は事後に線香代等と称していくばくかの金銭を旧所有者に支払つて、その同意を求めるものがあり、また地元農業委員会としても、円満な農地行政という面からみると、転用転売に当つて旧所有者の同意を得ておくことは、事前に紛争を回避することになり望ましいことでもあつたので、ことを黙認するとともに、時には創設農地を転用転売しようとする者に対し旧所有者の同意を得るように促したこともあつたが、他方旧所有者の同意のない創設農地であつてもその転用転売を禁止する法的根拠はなかつたので、旧所有者の同意の得られないまま転用転売の許可申請が出されれば、これを受理し処理していたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。これらの事実を総合すると、昭和三三、三四年以降小平市及びその周辺地域においては、いわゆる創設農地の転用転売の場合は、事前又は事後に、線香代等と称して売買代金の一部を旧所有者に支払い、その同意を求める事例がかなりあつたものの、全体としてはいまだこのような傾向にはなかつたものというべきであるから、原告主張のような慣習法ないし事実たる慣習があつたことは認められない。(位野木益雄 高林克己 石井健吾)